2009年 06月 29日

川端 みきさんへの手紙

美樹ちゃん

あなたが東京に行ってしまってからもう15年の月日が経ちました。
アッと言う間の15年でしたが、私にはずっとあなたの事で背負い込んでいた「事」があります。
 
覚えていますか?思春期に入ったばかりの少女だったあなたが、レッスンが終わる頃突然私に猛烈な抗議をした日の事を。

「先生は私の事を目が見えない、目が見えないとよく言われますが、そう言われるたびに私の心は悲しくて、辛くて涙がこぼれそうになります。もう私にあんたは目が見えないんだから・・・なんて絶対に言わないで下さい!」

そのころ私には、あなたにどうしても言っておかなくてはならない事がありました。
「その日が来た!」と感じて私は腹を決めたのです。
ちょうどあなたを迎えにいらしていたお母さんがすごかった。
お母さんはとても賢明で思慮に満ちた方でした。
「先生のレッスンがすべて終わり、夕食が済まれてから、もう一度美樹を連れてきますから、美樹とトコトン話してください。」
とおっしゃって、その晩9時を過ぎてあなたはやって来ました。

話し合うと言うより私が一方的に話しましたね。

「美樹ちゃんが“目が見えない”って言われて傷つくんだったら、そんなこと言われても平気になるように先生は“美樹ちゃんは目が見えない”って何百回でも言うよ。」
「美樹ちゃんは目が見えないの!!!」

そんな乱暴な言い方から始まりましたよね。

「美樹ちゃんは健常者の人とどんな風に付き合いたいの? 本音でぶつかってきて欲しいし、対等に付き合いたいんでしょ? でも今の美樹ちゃんだったら、誰も本音で付き合ってはくれないよ。あなたの前で“目”の事はもちろん、“空が青い” とも “花がきれい”とも言わないでしょう。50歩も100歩も引いて、遠慮しながらしか付き合ってくれないでしょう。そんな事でいいの?」

「そうだよね。いやだよね。」
「美樹ちゃんはね、視覚障害者の中では色々な事はトップレベルだよ。でもね、あなたは将来はもっと広い世界で生きていくんだよ。

“目が見えない割にピアノがうまい”
“目が見えない割に歌がうまい”

そんな風に言われてもうれしくなんかないはずよ。美樹ちゃんはすごい能力を持って生まれてきてるんだよ。健常者と同じ土俵でガチンコ勝負できるようなすごい才能だよ。」

「音楽の世界は目が見えない事を割り引いて聞いてくれるような甘い世界じゃないんだよ。そのためには、今日から“目が見えない”って言われたくらいで泣くのはやめようよ。」

「もし目が見えない事を言われて悔しい思いをしたらこんな風に思いなさい。

”私は目が見えないけど、あなた達には見えない物がいっぱい見える。心の目はあなた達の何倍も見える”

ってね。自分の能力を信じなさい。」


卑屈になるな!胸を張れ!とむずかしい時期にさしかかったあなたに話しましたね。

その後もあなたが中学を卒業するまでレッスンは続きました。
私は相変わらず、「美樹ちゃんは目が見えない」を連発し、あなたはもう決してその事を抗議する事もなかったし、悲しいそぶりも見せませんでしたね。

あの日から17年くらい経ったでしょうか?

実は私はあの日の事をずっと気にして生きてきたのですよ。
びっくりしましたか?
あの日の私の気持ちはあなたにどのように届いていたのか・・・・・私はずっと気になっていました。知りたかった。

美樹ちゃんが地元でちっちゃなコンサートを開いているのは知っていました。
でも、わざと私は行く事をしませんでした。
中途半端な(ごめんなさい!)形で歌うあなたを見たくなかったのです。
先日あの賢いお母さんから
「やっときちんと先生をご案内できる日が来ました。」
とおっしゃっていただいた時のうれしさは言葉では言い表せません。
この日をず~と待っていたのですから。

あなたの歌やお話を、背筋を伸ばして聞かせていただきました。
私の気持ちは届いていた!
そう確信する事ができました。ありがとう!うれしいよ!
17年間の胸のつかえが取れたような気分ですよ。

昨日のコンサートでは誤算もありました。
涙にくれる自分を想像して、ハンカチをたくさん準備していました。
でも涙は流れませんでした。
むしろ爽快な気分でした。
東京での15年間で涙した事や辛かった事、悔しかった事などいっぱいだったのは分かっているよ。
でも、あなたは障害を明るく笑い飛ばしていましたね。
私の願った通りに成長したあなたを見て泣くどころか、幸せいっぱいですよ。
やったね!美樹ちゃん!

最後に昨日の歌の感想を少し。
やはり、歌い込んだ歌には人々を感動させるものがあります。クラシックに縁が薄い人でもそこの辺の違いは分かる感性があります。
みんなの知っている歌をプログラムに組んで喜んでいただくのも悪くはありませんが、レッスンを重ねた、練り上げた歌には魂がこもります。
あなたにしか歌えない「魂のうた」を歌い続けてください。

この手紙をあなたが読む日がいつか来るでしょう。
その日のためにすぐわかる形でとどめておくことにしましょう。

# by dori3636 | 2009-06-29 09:19